
若さへのカラオケ!
人生100年時代の見かけ若々しさは、高年からの“若返り策”より、青年時代から必須の“若止め策”を!
そして、今の私は若々しいと、誉められ部類!と・・・少々悦に入る私の場合のその若止め策の効用源は?と探し挙げれば、…・・なんと言っても私の青春時代のエッセンスとも言える流行歌やシャンソンのナツメロを、カラオケに載せて愛唱継続していることにいたります。
それは私の若い時代の流行歌であり、いまナツメロと称され大正、昭和時代を象徴するロマンに溢れた律の歌謡曲は、私の青春時代の憧れ世界でありまして、歌謡曲好きの私にその愛唱は日常必須の楽しみでありました。
そしてその歌唱は当然ごとのように続けられてまいりましたが、私の場合は、それは青春時代を懐古こする戻りではなく、ナツメロ歌唱と共にあるときの私は、その青春をナツメロの時代と共に居り、青春はそのまま現存されされ、不老の世界を保持していたにほかならなかったもの・・・・・・と思索しております。
その故で、私のホームページに“齢80代の年輪譜”を載せまして、人生100年時代をできるだけ若く、若々しく生き送りたいもの、との念願を込めて不調法な思いを申し上げている老人の次第であります。
次に、私の不調法は、不敬の“神宿心”にあります。私は、人が求める神は神社、仏閣、教会などには求め得ず、その存在は求め難いものと思わざるを得ません。
利益(ごりやく)••....神仏への祈りに対する答え、これは、西洋人宣教師が持つ辞書の回答から・・....
私は人間欲望実現のための道標や標的示唆すらも不可能としまして、祈りたい願望の対象は、己の胸中に宿している“良心”と考えじまして曲解と打算を許さぬ存在に従い節を通した生活態に努力して過ごしてきているものであります。
そのあげくに、当方、世間に長じた筋との不協和音には相応の妥協に我慢対応も重ねてのつもりながら、長いものに巻かれるを嫌っての、言わば世間知らずの偏屈者人生であったかと、自戒をするも、私には勝ち負けの価値感は不存在で競争心はゼロ。好きなことと、必要なことにには労力、我流に研究心も働かせますが、他は気のまま風のままのように過ごしての身に気づけば齢95才・・...ただいま加齢疲労の身を引きずりながら、ここでナツメロの歌声を配しましての締めの人生記録をホームページへと広げ続ける者であります。
ヤマメを釣っての渓流歩きから自然風景に酔う如くに、日本庭園、盆栽、水石の風景園芸高じまして、自然界志向の自の生活態を寛容する配偶者の高配に恵まれられたことは、真に幸運であったとの思いを巡らせています。
私の変人風体はさておき、各様独自に青年時代の若止め策をもって、長い若々しい人生100年時代を迎えられ送られることを願う気持ちでおります。
さて、懐メ口好きの私の歌は、知人の結婚席上や、団体総会席上の余興に願われましてご披露させていただいたことなどありましたが、素人歌へのご好意に用意なされた御礼という財貨などは、1片1貨も辞退して、ご好意だけをいただいている完全素人歌です。
この私愛好の懐メロは、大正~昭和初期の感傷と甘い情緒を求めての世界です。
“メロデー、リズム、ハーモニィー”この3要素を基調に馴染んでいる私の音感は、現代の高音交響の竜子楽器音の伴奏群と、甘えと晩き声での経文崩しのような、そして興に乗っては、回りを払い収める祝詞のように高じ、払い舞うような歌手たち!
絶叫する歌唱には辟易の思いに追いやられまして、当懐メロ情緒側には、もう音楽的感覚が働いて参りません。
この度敢えて当ホームページに、歌唱ばかりか、録音も粗末な業のままであることをお許しの上、お聞きいただきますよう願いますことは、95才となっての加齢疲労者が、今なお前述の感情移入のナツメロ愛好者であることをご披露実証というところからでございます。
何卒、これが、染めてない被ってない自毛豊かで、今なお懐メロを歌い続け若さの世界を保っている95才のロマン的懐メロをお聴き流し賜りますようお願いいたします。
今時は歌謡曲全般が男性の心情、女性の心情表現曲も、男女歌手区分も無く愛唱されております。
私も男女両心情の唄を、素晴らしいプロのカラオケの伴奏に従って歌っておりますが、女性の歌を歌う場合には、私の母親の女性情緒が私の体内に発生して歌っているとの気持ちで自然発生的に感情発露して、俗に言う女頭の発声時にも不思議感はありません。
それは一方で、男性的な勇ましい感情発露の曲の場合への気持ちでも同様に、私の父親の男性情緒発露の如しに歌い自然態で歌唱できております。
オペラのアリア、リードなど不変の歌曲では鑑賞に何の不都合ありませんが、流行歌、歌謡曲、演歌、それにポッフスとかいう分野での音楽は様変わりしたものであります。
若い女性歌手で他を圧する高発声のマモノ演歌歌手という宣伝に引かれて舞台(数少ない見物)を聴きましたが、伴奏楽器群のすぎましい電気音と、その競合するような、全体の聞きにくい音量に圧されて音楽難に抗し切れず、前幕後の休憩時に抜け出し帰宅して終いました。
あの強音競勢の状態では情緒もロマンもあったものではない。テレビに覗き聴くような今時のポップス調系舞台のテレビ感等は一般的なオーケストラのフォルテシッシモと訳違いの、情緒ナツメロ愛好の私にとっては、甘えから喚きに、そして恰も鐘や太鼓や木魚にシンバルの雷鳴との終わりのないような大音発生奏の競合には視聴感覚をマとされかされている感一杯でありました。
この現今の強烈な刺激音で高揚のメロディ・リズム・ハーモニーが、情緒のナツメロの世界のような若さ存続効力の有無には如何なものか私には試せるわけはありません。
用いました市販品カラオケのアレンジ、演奏は素晴らしいもので、この伴奏にムード的にそぐわないことのないようにとの我流法を乗せて、そして懐メロの情緒が流れ続けて止まることのないようにと、戦争という止めようのない人殺し勝ち負けの世界、この野蛮社会の裏に息づく情緒の世界に息づいた95才の身に感謝しながら、当老人ホームページにお目通しをいただきました。
これをもちまして 「見かけが若い 心が若い 80代の年輪譜」終了させていただきます。
何卒、昔の4,7抜き音階の流行歌を主にしばしご笑聴?下されたく、お願い申しあげます次第にあります。
(YouTubeの私のチャンネルにて公開しております。曲名をクリックしてください)
| A面 | B面 |
|---|---|
| 東京ラプソディー | 高原列車は行く |
| 山小舎の灯火 | 白い花の咲くころ |
| 雨のブルース | 三日月娘 |
| 夢去りぬ | パリの屋根の下 |
| 一杯のコーヒーから | ラ・メール |
カラオケのアレンジ、演奏は素晴らしいもので、これにムード的にそぐわないことのないようとの我流唱法を乗せているつもりのものです。

若く溌刺とした今の外見を大切にして、老いても見掛け若々しく“ご難儀の様子で”などと後輩からの妙な気遣い頂戴は無用という若々しい道を選び行かれたいものです。
テレビの化粧品と健康食品のコマーシャルでは!
“エーッ!”という驚嘆の声を浴びながら実年齢とかけ離れた若々しい老い知らずの女性たちの容姿がが賑やかにクローズアップされています。
テレビコマーシャルで微笑み、街を閑歩する高齢女性たちの若々しさは、化粧の進化を取り込み美容的サプリメントをうまく摂取しているせいなのか、中には整形美容で仕上げている方々なのか、とにかくそれは若さへの心掛けと努力の表れなのでしょう。
一方、男性側の若々しいい外見にたいする価値認識は!
その対応度は高くなく、衰える体力に鞭を振るように“まだまだ若い者には”と気力を声にし、ミエを張ることだけで若さを誇示しようとしている傾向があります。
しかし、化粧習慣のない男性であっても、若々しくありたいとの願望は無しと言えず、人は男女を問わずに誰もが長く若々しくありたい、そう見られたいということに変わりはないでしょうから、若さを追求し溌刺としている若々しい女性方にたいして、男性方が若々しく見えない見られないでは不釣り合いなことで申し訳ない話しではありませんか。
勿論、熟れた若さとでも云いたいような好感度の高い風貌の男性はよく目にします。
ただ、テレビや新聞・雑誌上に載っている50代60代の著名層男性方の中には、とにかく疲れきったような、また自分の名声や地位の誇示で顔面から若さを捨て老けた顔立ちが少なくないという印象があります。
世界トップ級のわが国高齢社会では、男性も見かけの若々しさを保つことにも注目して、男女が共に若々しくバランスのとれた姿で社会を明るく楽しく送っていきたいものであります。
それに、今は若年労働者層が先細っている高齢社会時代でありまして、平均寿命に沿った定年延長を求められるなど、若々しく老いることは実利的、社会的にも考慮すべき課題でもあります。50~60、70才での老け込み様相は早すぎます。
私は、精神的体力的にも“労務職80才定年制度で一向に差し支えない”
私の場合は精神的体力的にこれで大丈夫と思っている者です。
その上に、若々しさは健康と気力だけではなく、新鮮な感覚と精神性の充満でより幅広い日々を生きるために、また老いて肉体労働に従事していても、若年層に“気の毒に!”などと同情されることのないように、見かけも若々しくありたいものと申し上げているのであります。
そこで、甚だ僣僣越にして思い上がったことではありますが、自分の健康であった過去と、見掛け若々しい道程を年代毎の写真で見開いてみました。
その私の外見の特徴的なところは、80才まで白髪が目立たない豊かな黒髪と、姿勢の良さにあります。
また、健康面では平成24年82才になってから肺炎で9日間入院しましたが、それは昭和22年俗に言う盲腸炎の発症以来60年ぶりの入院治療であったことから、大変長期間にわたっての健康に恵まれていたことを悟り、感謝の思いを新たにしました。
そして、若々しさをも保ったことは食事・運動。頭髪の手入れ等、保険上の心掛けと、それに何よりも不屈の精神性?から人様とは多少違ったやや型破りで向こう見ずな気概、加えて様々な物好き生活が起因しているのかなどと思い起こしながら、その若年から晩年への写真記録をご披露し、今の若い男性たちの見かけの若々しさへの興味と、それを保持することへの意欲発進に供したいと願うことから、恥と外聞は捨て若々しい老人モデルを自任し、これらをホームページに載せてみることにいたしました。
